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ジメッとした梅雨明け前の空気に汗がにじむ7月中旬の午後。松浦市の中心部、志佐町の商店街から路地をちょっと入ったところにあるのが、今回訪ねる圓成寺。松浦市内唯一の浄土真宗寺として、市内全域の門徒さんをまとめています。
現在、住職を務めておられるのは大内康史第十七世。柔らかい口調と口髭が理知的な印象を与える住職さんです。圓成寺では、保育園と老人ホームも運営しています。そのため多忙なスケジュールの合間を縫っての取材でしたが、和やかな雰囲気で行うことができました。 |
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寺録によると、圓成寺の開基は天正年代末期(1580頃)、釋快順(しゃくかいじゅん)という僧によるもので、当初は高野村(現在の志佐町高野免)にあったそうです。その後、赤木から現在の地に移転したのは明治30年(1897)のこと。現在の本堂は昭和10年頃(1935)建立されますが、昭和62年の12号台風によって屋根がほぼ全壊の被害に遭い、大修復を経て現在に至っています。 |
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市内で唯一の真宗寺である圓成寺は、見方を変えると他宗派のお寺に囲まれているお寺です。そのため、それなりの苦労もあるのだと住職は語られました。
「真宗では戒名ではなく法名といいます。これは釋の下に二文字いただくのみ。つまり法名が長いから有り難いということも、値段が高いということもありません。また家内安全や冥福を祈らないので、お守りやお札は存在しないのです。とは言え、人々は宗旨による作法の違いや俗信も同じように考えてしまいがちです。しかし門徒にとって一番大切なことは、お念仏の救いにあうこと。その真宗本来の教えをいただくには、簡単な作法を入口とすれば非常に入り易いのです。私が真宗独自の教えを伝えようとすることは門徒に正しい教えを伝えるためであって、他の宗派と優劣を競うためではないのです。」 |
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「昔、お寺は地域の集会場や娯楽の場でもありましたが、今ではそのような役割も終わり、お寺と人々の距離が開くばかりです。その反面、宗教離れが進んでいると言われながらも、俗信や迷信に惑わされる人が後を絶ちません。本当は、今ほど本物の宗教を必要としている時代はないと思います。」
自らの宗教観を熱く語る住職は平成9年、「蓮如上人五百回遠忌法要」を開催。あえてお寺を離れ、文化会館のホールにおいて、宗派も問わず市内外の多くの人々に声をかけて勤修されました。これは、法要を通して一人でも多くの方に本物の宗教に触れていただき、自らの生き方や宗教観を見つめ直すご縁として欲しかったためなのだそうです。
「6年後の平成23年は、親鸞上人の七五〇大遠忌がお勤めされます。また圓成寺から新たなメッセージを発信することができればと考えているのですが…」
最後は照れくさそうに言葉を濁した住職ですが、その瞳の奥にはすでに“本物の教えを伝えたい”という情熱と決意があるように感じました。 |
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静かな本堂に響くのは、梅雨明けを待ちきれないセミの声。その鳴き声が一瞬「南無阿弥陀仏」と聞こえた気がしたのは、圓成寺の伝統を築いてきた有縁の方々の篤い信心ゆえかもしれません。 |
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この記事は平成17年8月7日発行のメモリアルだより(松浦・田平版)第9号に掲載されたものです。 |